Nobo-Sanのボクジュー一滴

正岡子規『墨汁一滴』の超・現代語訳ブログ。やっぱり柿うまい。

中村不折に贈る⑤

 不折君と為山氏はおなじ小山門下で、互いに知り合いであるが、いずれも一家の見識を備え、立派な腕を持っているので、好敵手といったところだろう。

 たとえこの二人が競争しようとしているわけでないにしても、私たちのような傍で見ているものは、やっぱり二人を比較してみてしまう。さらに彼らの画や、性格や、挙動や、容貌まで、なんだか正反対なので、ことに比較するには面白い対象である。

 彼らの優劣はもとよりつけがたいものであるが、互いに一長一短あって、いいライバルであることは疑いようもない。

 

  •  為山氏は背が高く面長で、全体的にスラリとしているのに対して、不折君は背が低くオニのようにヒゲが生えていて、全体的に力強い。
  •  為山氏は良い着物いい駒下駄を履いて、お金が入ればすぐにそれを使ってしまうのに対して、不折君は極端な粗衣粗食でも耐えて、なるべく質素を心がけて、少しでも臨時収入があると、貯金に回す。
  •  彼が「赤貧洗うがごとし」といった状態から身を起こし、自らの力で住居とアトリエを建て、それから2年足らずで海外行きを決意し、しかも誰の力も借りずに成し遂げようとするのは、やっぱり驚くべき倹約の結果である。
  •  為山氏はあまり議論を好まず、普段の会話でも声が小さくボソボソと喋るのに対して、不折君は議論はもちろん、日常会話も声がデカく、ハキハキとしている。
  •  為山氏は感情的であり、不折君は理論的である。
  •  為山氏は不精な人だが、不折君は勉強家の中でもトップクラスだ。
  •  為山氏は酒を飲みタバコも吸うが、不折君酒もタバコもやらない。

 

 ――こういった性質や嗜好の違いはさること、これらがことごとく絵にも表れているところが面白い。

 

  •  為山氏の画は「巧緻精微」不折君のは「雅樸雄健」為山氏は計算に計算を重ねて描き始めるのに対して、不折君はいきなり筆を下ろして縦横無尽に描きまわす。
  •  為山氏一本の草、一本の木だけを描いた作品もあるけれど、不折君は小さな紙でも山水村落の大景を描く傾向にある。
  •  同じものを写生するのでも、為山氏はやや実際よりも大きめに描き、不折君は小さめに描く。
  •  為山氏は、描いた絵が気に入らなければすぐに破り捨ててしまう。不折君は一度書き始めたものはどうにかこうにか描きあげてしまう。
  •  為山氏はノリノリで描く。不折君はキブンじゃないと絶対に描かず、始めから終わりまで手を抜かず常に気を張って描きあげる。

 

 ...といった違いは枚挙にいとまがない(といっても、彼らに似ている部分がないわけじゃない)。

 

 私にはまだまだ書きたいことがいっぱいあるが、不折君が行ってしまうので、居ない人のに対して勝手なことを言うのもナンだから、要求や質問、注意といったコマゴマとしたものを以下に挙げることで、長々しい文章のシメとする。

 

 

  •  傲慢なのは良い。ただし、弱者や後輩を軽蔑してはいけない。
  •  君は耳が遠いから人の話を誤解することが多い。注意しなさい(ちょっと褒めただけなのに、めっちゃ褒められたと思い込むような、「程度の誤解」もよくあるぞ)。
  •  二人の人物が話しているときに、急に横から口を出さないようにしなさい。
  •  あまり浮かれちゃいけない。

 

 画のことについて私がどうのこうの言うのはナマイキだと思うけれど、ずっと言いたかったことがある。言いたかったんだが、最近の私の容態では、君に届くような大きな声が出せないので、言えなかった。だからここに書いておこう。

 

 それは、君の趣向が余りにも大きくダイナミックな方向に傾きすぎて、小さく微細なもの軽くて新しいもの、といったテーマを軽視しすぎてはいないか、という事。

 近頃の君の画をみると、やや趣向が変わってきて、必ずしもパノラマ的な全景を礼賛しているわけじゃなさそうだけど、やっぱり雄大な景色やテーマを好んでいるようである。

 油絵ではなかったけれど、小さなスケッチブックに大きな風景を描いて得意になっているのは、実はずいぶん前から私は気になっていた。大景が必ずしも悪いものではないが、大景(少なくとも、家屋や樹木や道路くらいが描かれている)であれば必ずしも「画になる」と思ってしまうのは、やっぱり君が大景に偏っているからであろう。

 しかし私はべつに、「大景を捨てて小景を描け」と言っているんではない。ただ、君の嗜好が偏っていることに関して、よく意見の衝突があったけれども、直接言ったことが無かった事を、ここに書いてみたんである。

 

 西洋に行って、「しっかり学ぼう」なんて意気込まなくても、見物してくれば十分だ。そのうえで、御馳走をたらふく食べて、肥えて帰ってくればそれに越した土産はない。

 

 あまりあくせくと勉強して、上手になりすぎるなよ。

 

(1901/06/29)